AI解析で産業医と相談者の信頼関係構築モデルを形成

道喜 将太郎

DOKI Shotaro

筑波大学 医学医療系

探求者インタビュー|道喜 将太郎イメージ画像

仕事に打ち込んでいる労働者は日本5%、アメリカ34%

皆さんは、仕事に充実感がありますか? この質問に対しておそらくさまざまな回答が出てくるかと思いますが、日本における労働者調査では「熱心に仕事に打ち込んでいる(ワーク・エンゲージメント)」を感じている割合は、わずか5%程度。
世界の平均値23%から見るとはるかに低く、中国の回答18%、アメリカ34%の結果と比較しても見過ごせない社会的問題ではないかと考えています。

また、労働者健康状態調査において具体的な仕事の悩みは何かと聞くと、「仕事の質」や「仕事の量」を抑えて「職場の人間関係」がトップになり、現役の産業医として相談者に対峙している私も、その深刻さを身をもって実感しています。
人生の半分を費やすとも言われる「働く」時間が、そんなに苦しいものであっていいのか。果たして働くことは人生の豊かさにつながるのか。労働者のウェルビーイングとは何なのか──。

このような問いかけを掲げた私たちは今回、職域における豊かな人間関係について着目。信頼関係(ラポール)の構築度を測定するために、AIを用いて人の感情を数値化するというプロジェクトに取り組んでいます。

面談中に見せた「頷き」や「笑い」の回数を数値化

本プロジェクトは「働くこと」に関心を持つ私と、人工知能研究室のクリスティーナ・アンドレア研究員の共同研究です。
研究テーマは「職域における豊かな人と人とのつながりの要因は何か?」。うつ病や適応障害と診断された労働者60名に個別に産業医が約1時間の会話を行い、二人の間に信頼関係を築けたかどうかを質問紙で計測します。
並行して面談中の相談者の表情、なかでも「頷き」と「笑い」の回数等をOpenFaceを用いて数値化し、さらに発言のタイミングや声の高低、頭の角度などの特徴量を機械学習で解析します。

このとき心がけていることは、面談ビデオのデータ化をAIチームに丸投げするのではなく、産業医の私が面談の現場を知るからこその丁寧なラベリングをし、スムーズな解析をサポートすること。もちろん時間はかかりますが、誰もやってこなかったことにこそやるべき価値を見出しています。
ストレスの数値化やなんらかの指標を用いてストレス度を明らかにする先行研究は多々ありますが、血中コルチゾールやリンパ球などの免疫系単体の指標では十分に説明できないところもあり、これからのストレス解析には複合的な指標が必要なのではないかと長年考えておりました。
そして現代において複合的な要因を見る際に最も有効な手法といえば、やはり人工知能です。本プロジェクトのAI解析により、これまでは見えてこなかった新たな法則を明らかにしようとしています。

探求者インタビュー|道喜 将太郎イメージ画像

上司・部下、宇宙飛行士のメンタルヘルスへの応用も

本研究は、職域におけるつながりとして、まずは面談のプロフェッショナルである産業医と相談者に絞り込み、信頼関係構築モデルを作ろうというものです。これが確立したあかつきには次は上司と部下、その次は同僚同士へと対象を広げていく予定です。

さらにその先を考えていくと、いずれは私の研究領域である宇宙医学への応用、宇宙空間という極限のストレスの中でクルーと何日間も過ごさなければいけない宇宙飛行士たちのストレスマネジメントにも活用できる日が来るのではないでしょうか。

現在、本プログラムとは別の共同研究でも、感情変化予測因子の探求と予測モデルの構築について考察を進めています。両者の結果をジョイントさせることで生まれる相乗効果から、さらに研究を進展させられるのではないかと期待を膨らませています。