腎疾患「アルポート症候群」の診断に病理診断Aiの導入を
川西 邦夫
KAWANISHI Kunio
筑波大学 医学医療系

アルポート症候群女性患者の15%が40代で腎不全を発症
センセーショナルとなったChatGPTを初めとして、AIは革新的かつ急速に開発が進んでいます。病気の確定や治療の決定に必須である病理診断の中でも、主にがんの診断には病理診断AIが活用され始めており、AIがデジタル画像上で、正常な細胞や組織とがん細胞や組織の違いを学習し、別のサンプルでも自動的にがんを見分けることが当たり前のようにできるようになりました。AIがより精確な病理診断をサポートする技術的な基盤が整いつつあります。
ところが、私が専門とする腎臓病では、病理診断AIの導入はなかなか進んでいません。その理由として、がんの病理診断との違いがあげられます。がんの病理診断の基本は、正常な細胞や組織から外れたかたち「異型性(いけいせい)」を見つけることが鍵となるため、デジタル画像上で形の違いを見分けるAIが力を発揮しやすいのです(図1A)。
ところが腎臓病の病理診断では、例えば、腎臓の濾過装置である糸球体という球状の構造に病変がある場合、(1)病理切片に含まれる全糸球体のうち、病変のある糸球体がどれくらいの率で分布しているのか、(2)一つ一つの糸球体を見た場合に、病変がどこを見ても生じているのかその一部に生じているのか(図1B)、について複数の切片と、いくつかの異なる染色方法により評価します。
さらに、免疫グロブリンの沈着をみる免疫蛍光染色や、電子顕微鏡による観察も必要となります。そしてこれらの病変の成り立ちを解釈するためには、病理組織から得られた情報だけではなく、臨床情報を含めたより複合的な観点からの診断が求められます。
こうした情報の全てをAIが解決することは容易ではなく、腎臓病の診断では病理診断AIの開発が遅れているのです。
アルポート症候群は、糸球体の基底膜の構成成分であるIV型コラーゲンの異常が原因で発症する難病です。代表的な遺伝形式がX連鎖性遺伝であるため、X染色体を1本のみもつ男性患者は幼少期から症状が現れ、早期に腎不全になります。
一方、X染色体が2本ある女性患者は男性に比べて軽症とされるものの、国内外の調査で、女性患者の実に15%が40代で腎不全になるというデータが報告されました。つまりアルポート症候群は女性患者においても正確な診断と治療介入が求められています。
もし腎不全が進行する予兆を病理診断時に見つけることができれば、患者さんに定期的に外来を受診してもらい、腎臓機能を確認し、必要に応じて腎臓への負担を減らすような食事管理や腎保護につながる投薬を開始するなどの治療介入が可能になり、腎不全になるアルポート症候群女性患者を減らせるかもしれません。
そう考えた私たちは本プログラムで目指すゴールを、アルポート症候群、特に個人差の大きい女性患者の腎予後予測として病理診断AIを導入することに設定しました。それも病理診断の現場で共に働く臨床検査技師との協同で、「日常診療に使える」診断方法の確立を目指しています。

図1. がんの診断と腎臓病の診断の違い (A)がんの診断ではがん細胞が正常な細胞と比べて核や細胞質の形が異なる「異型成」を見つけることが鍵となる。(B)腎臓病の診断のうち、糸球体の病変を例にとると、病変の分布が全ての糸球体に見られる(びまん性)か20%未満の糸球体に見られる(巣状)のか、糸球体一個単位で見た時に、病変が360度どこを見てもある(全節性)か、分節性(部分的)かを評価が重要となる。
「ワンスライドイメージ」による病変の観察方法
私たちは以前、アルポート症候群の患者さんの遺伝子異常(IV型コラーゲンの異常)を反映したアルポート症候群マウス(Axcelead Drug Discovery Partners 株式会社提供)の腎臓組織の詳細な解析を行い報告しました(Sci Rep 10, 18891, 2020)。今回、新たに同社との共同研究を開始し、メスマウスの解析を行いました。
複数の組織染色を必要とする組織解析では、必要な枚数の切片を作製し、それぞれの染色結果を比較検討することで病変を評価します。今回、我々が開発した新プロトコールは同一の切片に対し、複数の染色データをとって統合する「ワンスライドイメージ」です。
メスの腎組織切片スライドに、IV型コラーゲンに対する免疫蛍光染色、基底膜を観察するPAM染色をそれぞれ行い、同じ糸球体に対する、蛍光顕微鏡画像、光顕微鏡画像、低真空走査電子顕微鏡(LVSEM)(TM4000Plus、日立ハイテク)画像を取得しました。それらを本企画の研究資金で導入した画像重ね合わせソフトウェア(AZblend、アストロン)を用いて病変を観察する「ワンスライドイメージ」を確立しました。
ここで特筆すべきは、この手法が病理診断でごく一般的に使われている免疫蛍光染色とPAM染色を活用した点にあります。筑波大学附属病院病理部臨床検査技師である馬場正樹技師との試行錯誤から、現場ですぐ導入できる手法を確立することができました。
チーム医療というキーワードが浸透して久しいですが、病理診断においても、診断医と検査技師との間のチームワークがとても重要です。たとえ、どんなに優れた染色手法があったとしても、現場の技師たちが「使いづらい」と感じる、あるいは物品コストや環境コストがかかるとなれば、普及にはつながりません。
腎臓内科医としてまた病理診断医として、医療現場に携わってきた私自身の経験も合わせて、現場で求められていることをイメージしながらプランニングできたことが、ワンスライドイメージの独自性につながったのではないかと感じています。
現在、ワンスライドイメージの検討からメスの病変を可視化するPAM染色の新しいプロトコールを確立しつつあります。この染色画像データをWhole slide image(バーチャルスライドイメージ)化し、AIに深層学習させる試みを開始しています。
将来的には、今回確立したワンスライドイメージのエビデンスに基づいた病理組織情報を教師データとした深層学習で、アルポート症候群などの腎疾患でのAI病理を確立したいと考えています。

共に研究をしている馬場技師と
データサイエンス分野との異分野融合への期待
このプロジェクトの出発点には、高額の検査機器や特許を持っている一部の研究機関だけでなく、病理診断の現場を預かる誰もが使える病理診断方法を確立したいという思いがありました。実際、腎生検の診断で必要な透過型電子顕微鏡を例にとると、画像を得るまでには専門性を持った検査技師の育成、高額な機械の維持費用が課題となり、全国的に電顕検査を行う施設が減少しているのです。 もし、腎臓病の病変を通常の染色のちょっとしたアレンジでより可視化しやすくできれば、たとえ電顕が自施設でできなくても、病変を認識しやすい代替手法として活用できるかもしれません。また実際の患者さんでの病理画像データを蓄積し、病理診断AIによる病変認識に発展できるかもしれません。 共同研究実績のあるAxcelead Drug Discovery Partners 株式会社と、現場の臨床技師とのチームビルディングにより、ポジティブな研究成果を発信できる見込みがたちましたが、この取り組みを発展していくためにも、今後、特にデジタルイメージデータの管理・活用に長けたデータサイエンスの分野の方々との異分野融合の機会を探っていきたいと考えています。

図2. 本研究の成果と今後の展望 アルポート症候群モデルマウスの腎組織を用いたワンスライドイメージから光学顕微鏡で病変を可視化できる染色方法を確立した。その染色スライドから作製したバーチャルスライドイメージデータを蓄積し、AIによる深層学習を開始している(Created with BioRender.com)。