未知の感染症が流行した時、
何が語られるのか
コロナのような感染症は、軍事的な脅威とは異なります。このような脅威への対処を考える「非伝統的安全保障」が私の研究テーマの1つで、2003年にはSARSを、2009年には新型インフルエンザを対象に、感染症をめぐるマス・メディアの報道と人々の感情がどう関連しているかを研究してきました。
未知の感染症が流行した時、何が起きるかは誰にも正確にはわかりません。このように不確実性の高い状況では、人々がマス・メディアの報道に不満を持ちやすいと言われています。マス・メディアには「検証可能な事実のみを報じる」という建前があるからです。今回のコロナ禍ではどうだったのでしょうか。私たちはWHOがコロナの世界的流行を発表した3月11日の「パンデミック宣言」前後で新聞とTwitterのデータを収集し、これを検証しました。分析対象は、コロナに関する新聞記事1万953件、ツイート17万1996件です。私たちは「新聞では中央政府に関連する話題が、Twitterでは家族や個人に関連する話題が多く見られる」という仮説を立てました。結果は図1のとおり、仮説を裏付けるものでした。
図1 「パンデミック宣言」の前後で新聞とTwitterの話題がそれぞれどう変わったかを比較した。ビッグデータの分析には機械学習の一種である「トピックモデル」を用い、主観の入らない迅速な処理を実現した。
図1を見ると、パンデミック宣言の前と後のどちらも新聞とTwitterでは話題の傾向が異なることがわかります。Twitterでは医療に関する話題が目立つ一方、新聞では東京オリンピックやダイヤモンド・プリンセス事件、ソーシャルディスタンスなど、公的な話題が中心です。つまり、人々がほしがる医療などの情報をマス・メディアが提供できていなかったといえるでしょう。
私たちは今回の研究から、図2のような図式が成り立つと考えています。
図2 今回の研究から見えてきた議題設定の図式
マス・メディアには現実の出来事(図2左上)から内容を選定して報道し、人々に何について考えるべきかを働きかける「議題(アジェンダ)設定」の効果があります。しかし、マス・メディアの発信する情報に不満を持つ人たちは、ソーシャル・メディアに流れていきます。そこでは真偽の不確かな情報が入り交じっていますが、人々はそれらを取捨選択しながら議論に参加し、「世論や認識(図2右下)」が作り上げられるというわけです。これをビッグデータで実証したのが今回の学術的成果です。
研究のさらなる広がり
私たちは今回の成果を踏まえて、非伝統的安全保障の枠組みで他大学と共同研究を進めています。現在までに世論調査でデータを取得しており、コロナ禍で人々が不安を抱いていたことが確認できています。その結果は今後、書籍の1章として発表する予定です。
海後 宗男(筑波大学 人文社会系)
Project Name /
新型コロナインフォデミック:トピックモデルを用いたメディア内容分析
(取材・執筆:松本 香織 / 編集:サイテック・コミュニケーションズ / ポートレート撮影・ウェブデザイン:株式会社ゼロ・グラフィックス)