ウイルス学の研究者としてできること
私たちの研究室では、これまで主にインフルエンザウイルスを用いて、ウイルスがどのように病原性を発現するのか、そのとき宿主の細胞はどのように応答するのか、について研究を続けてきました。そこに新型コロナウイルス感染症の大流行が発生、自分たちも何か貢献できないかと考えて、本プロジェクトを立ち上げました。
ウイルスの研究では、ウイルスに感染して病態が現れる感染動物モデルが必要です。現在、私たちは、感染動物モデルとしてマウス(モデルマウス)を使っています。しかし、新型コロナウイルスは、通常のマウス(図1のWt)には感染しません。なぜなら、新型コロナウイルスは、細胞の表面にある「ACE2」という受容体を認識して細胞に侵入するのですが、マウスの細胞のACE2受容体は認識できないからです。
その解決策として、ヒトのACE2受容体(hACE2)を導入した遺伝子改変マウス(図1のGGS-hACE2)が考えられます。しかし、このマウスは全身の細胞でhACE2受容体が発現するため、ウイルスが脳にも感染してしまい、ヒトでは起こらない重い病態になってしまいます。これでは適切なモデルマウスとはいえません。
そこで私たちは、気道上皮細胞などヒトと同じ感染部位だけにhACE2受容体が発現する遺伝子改変マウスを作製しました(図1のhACE2-KI)。
私たちは以前、このマウスとは別に、ウイルスに対して気道上皮細胞で炎症応答を起こすMx遺伝子を導入したマウスを作製しています。この2種のマウスを掛け合わせれば、新型コロナウイルスに感染したときに気道上皮細胞で炎症応答を起こすマウスが生まれます。
図1 新型コロナウイルスは、通常のマウス(Wt)がもつACE2受容体を認識できないため感染しない。マウスのACE2遺伝子をヒトACE2遺伝子に置き換えたGGS-hACE2マウスは、脳の細胞にもACE2受容体ができるため脳にも感染してしまう。ヒトACE2と同じ部位に受容体が発現するように作製したhACE2-KIマウスは、新型コロナウイルス感染症に近い病態を再現するため、モデルマウスとして適切である。このモデルマウスと、さまざまな疾患モデルマウスとを掛け合わせると、重症化しやすい基礎疾患のあるモデルマウスも作製することができる。
今後は、このマウスを用いて、新型コロナウイルスの感染メカニズムや宿主の炎症応答の仕組みを解明していく予定です。このメカニズムがわかれば、治療薬開発のヒントも得られるのではないかと考えています。