宮本 道人Miyamoto Dohjin

ディスタンス・アートとSF思考
コロナ禍の創作から
新たな価値を見いだす

新型コロナウイルス感染症の流行で在宅が強いられるなか、アートやフィクションが「距離」と関係することが増えてきました。本研究では、そのような創作を「ディスタンス・アート」と名付けて分析し、新しい文化的価値を探ろうとしています。一方で、コロナ禍によって従来のエビデンスに基づく未来予測が困難となり、新たな思考法が求められています。そこで本研究では「SF思考学」を提唱し、SFプロトタイピングによる共作を実践することで、「予想外」の未来予想の創出手法を探っています。

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ディスタンス・アートの分析

「ディスタンス・アート」とは、ディスタンスやリモートの概念が関係する作品に対する呼び名です。ここで言う「アート」はファインアートだけを指すのではなく、文学、ゲーム、映像など何かしら体験可能なあらゆる芸術全般を意味しています。特にコロナ禍以降、ネット上で作られ、ネット上で鑑賞される作品が一気に増加しました。そこでは作り手と受け手の境界が曖昧な、新たな創作パターンが生み出され、刻々と進化しています。こうした創作は、限界芸術※1の領域や、「ニコニコ動画」や「2ちゃんねる」におけるネット上の共作の流れなどにも沿うものです。また、題材面でディスタンスが設定に組み込まれた作品は、例えばVR社会を描くSF小説など、コロナ禍以前から存在していました。分析の際にはそうした系譜もふまえ考えてゆく必要があります。

研究手法としては、とにかく数多くの創作を自分で鑑賞・体験し、その形式、内容、影響、系譜などを分類して調査しています。例えば、別空間にいる人同士が映像を繋いでいく創作形式や、作り手と受け手とのインタラクティブな鑑賞法、リモート社会の課題を取り上げた題材などは、コロナ禍で流行した作品の要素の代表例です。

分析を進めると、ルッキズムや身体制約からの解放、会食に代わる食送付文化※2といった、時代の要請に呼応した新たな価値観が生まれていることに気がつきます。今は時代の転換点ですが、これらの創作はこれからの文化に大きな変革をもたらすと期待されます。

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図1 ディスタンス・アートの研究における分析の観点。リモート文化は空間的な距離のみならず、時間のずれ、意識の隔たり、言語のギャップなど様々な「ディスタンス」と関わるものである。また、ネット上で体験する実在感は、リアルな世界での身体認識や空間認識などから考察できる部分も大きい。本研究ではそれらを統合的に分析し、ディスタンス・アートの可能性を考察している。コロナ禍でのこれらの創作を一過性のもので終わらせるのではなく、残すべき価値として積極的に肯定するためにも、流行り廃りの激しいネット上から消えてしまう前に記述しておくことが大切である。

※1 哲学者の鶴見俊輔が著書『限界芸術論』で提唱した概念。非専門家によって作られ、大衆が享受する芸術の領域。
※2 ネット等を介して「食」を送付し、そこから生まれる体験を楽しむサービスや文化。

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右は共同研究者の大澤 博隆 助教(システム情報系)

SF思考による未来の共創

「別の角度からの研究として、SFプロトタイピング※3による共作手法の開発・実践・分析を行っています。

これまでの未来予測は、高い確率で起こる未来を想定し、策を講じようとしてきたものが多かったと思います。しかし、コロナ禍という想定外の事態を経て、低い確率で起こり得る出来事の予想、斜め上の発想が求められるようになってきました。その一つとして、SFプロトタイピングへの注目度が上がっているのです。実践では、未来を想定してガジェット(事物)・キャラクター・ストーリーを言葉で作っていった後に、その世界に至る流れを逆算します。あえてフィクショナルな状況を設定することで、自由な発想がスムーズに出し合えるようになり、豊かな未来像が広がるのです(図2)。

この手法に関する研究の一部は株式会社三菱総合研究所と共同で行っており、「SF思考学」と名付けて、SFプロトタイピングの議論の最中だけでなく、その前や後に何をすべきかも含めて分析を行っています。

そのなかで、リモート会議による共創的なディスカッションの方法論も探っています。例えば、録画を分析して、アイデアが生まれる/停滞するタイミングを調べ、より良いワークショップとは何か考察しています。

ディスタンス・アートもSF思考も、コロナ禍で停滞した社会の可能性を切り拓く新しい文化です。この文化は、例えば人類がこの先、別の災害で巣ごもりを強いられたり、あるいは宇宙に進出して「宇宙時代」を生きたりするときにも必要とされることでしょう。研究では、その価値を積極的かつ冷静に見きわめていきたいと思っています。

※3 インテル社のブライアン・デビッド・ジョンソンが始めた、世界で実践されている未来シナリオ開発のためのコミュニケーション手法。

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図2 SFプロトタイピングで共作した未来像の一例
漫画家のハミ山クリニカ氏と共同で作成。2019年10月開催の国際会議「7th International Conference on Human-Agent Interaction」におけるワークショップ「Envision of Acceptable Human Agent Interaction based on Science Fiction」にて発表した作品から抜粋。「思考を自動でマンガ化するデバイスが作られたら何が起こるか」という思考実験から生まれてきた一枚である。

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図3 研究の2本柱。研究では、ディスタンス・アートの分析とSF思考の実践を2本柱で行っている。

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宮本 道人(筑波大学 システム情報系)
Project Name / ディスタンス・アートの創出手法分析

(取材・執筆: 楠見 春美 / 編集:サイテック・コミュニケーションズ / ポートレート撮影・ウェブデザイン:株式会社ゼロ・グラフィックス)

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