大庭 良介Ohniwa Ryosuke

新型コロナウイルス感染症が
もたらした知の地殻変動
新しい学問分野誕生の期待

新型コロナウイルス感染症の大流行は、国際社会における高等教育や学術研究などアカデミアのあり方にも大きな変革をもたらしています。その有様を明らかにするために、私は生命科学や社会科学、および、大学の国際化に携わる研究者とともに、多様な面からその内容を調査しています。その結果、感染症の流行後、コロナウイルス研究において、これまでに見られなかった分野の垣根を越えた研究活動が活性化されているなど研究の動向、各国高等教育機関におけるコロナ禍への対応に違いがあることなどの変化が見えてきました。

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国際社会とアカデミアの変化

私が研究しているのは「総合学」という新しい分野です。分野や立場などにとらわれずにいろいろな面から学術を探求し、課題の解決や価値の創出につながる方法論を生み出そうという研究分野と、私は定義しています。この中で、「科学を知り、科学を再考する」ことが私の研究の大きなモチベーションになっています。

新型コロナウイルス感染症の大流行によって、国際社会、科学者のコミュニティの活動や科学者と社会との関わり、高等教育や研究のあり方など、アカデミアはどのように変化したのでしょうか。これまで、アカデミアには知を集め、知を伝え、そして新しい知をつくるという社会での役割がありました。しかし現在は、インターネット上に知が集まり、大学の講義もオンライン化されてインターネット上に集積されています。今、アカデミアに対して社会は何を求めているのか、皆さんと議論してみたいと考えています。

今回は、私が兼務する国際室の研究者(大根田修教授、木島譲次特命教授、福重瑞穂助教)とともに、海外高等教育機関とのオンライン会議を通じた調査、webやマスメディアの言説調査、文献調査を行っています。そのオンライン国際会議の調査からは、高等教育にも大きな変革があり、感染拡大後に閉じこもった地域と、オンラインを積極的に活用してより国際的なつながりを深めようとした地域に分かれることがわかりました。また、これまで交換留学制度にあまり積極的でなかったアメリカの大学がオンライン授業を活用した教育交流を提案するなどの変化がコロナ禍で起こっています。 こういった国際的な動きを視野に入れながら、これからの大学の意義や役割を提案していきたいと考えています。

新しい学問分野を生み出すきっかけに

今回のプロジェクトでは、私は主に科学技術や学術に関する文献調査を担当し、データを集めて分析する「科学計量学」の視点から、科学者の研究動向を調べました。医学生命科学分野の文献データベース(PubMed)を用いて、世界中の文献2,100万報を分析した結果、新型コロナウイルス感染症の拡大後、コロナ関連の文献が急増したことが示されました(図1)。

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図1 コロナウイルス関連論文数の推移
感染拡大後、コロナウイルス関連論文は急増した。SARSやMERSの流行時もコロナウイルス関連論文は増加したが、今回はそれに比べてはるかに多い。

この急増の理由を探るために、著者の専門分野をキーワード解析しました。すると、同じコロナウイルス感染症であるSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)が流行した時に比べて、関連分野以外の研究者の論文も増えていました(図2)。一方、国際共同研究は減っており、分野横断的であるが、地域集約的な知見の積み重ねに変化しているという傾向が見えてきました。これは2020年8月までの結果ですので、さらに調査を続けて、動向を注視していきます。

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図2 新型コロナウイルス感染症発生後に新規参入した研究者の過去5年間の特徴的な研究キーワード共起ネットワーク
SARSやMERSの時に比べて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、研究動向がだいぶ異なり、ウイルス関連以外の泌尿器や気管支など医学分野や公衆衛生、政策などの研究分野からの研究者が多く参入していることが示された。

新型コロナウイルス感染症をきっかけに、様々な分野の多くの研究者が集まって、同じ課題に対して取り組んでいます。また、新型コロナウイルス研究以外の領域でも論文数が急増するなど動きが活発になっています。こういった動きが、次の新しい学問分野を生み出し、知の地殻変動を起こすようなきっかけになるのではないか、と期待しています。

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大庭 良介(筑波大学 医学医療系)
Project Name / 新型コロナウイルスによる知の地殻変動

(取材・執筆:佐藤 成美 サイテック・コミュニケーションズ / ポートレート撮影・ウェブデザイン:株式会社ゼロ・グラフィックス)

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