飛沫の種類・方向・距離
明らかにしようと思ったのは、ランニング時の「飛沫の発生状況」「発生した飛沫の飛散状態」「マスクの有無と飛沫粒子の挙動」の3つで、スポーツ医学の研究者たち5名とともに2020年10月に実施しました。
屋外でのランナーを対象とする実験は難しく危険もあるので、屋内で屋外のランニングに相当する条件を再現しました。実験①は、エルゴメーターによるバイク運動者に風速3mの風を正面から当てる実験です。これで秒速3mで走行するランナーの呼吸状態を再現できます。秒速3mは、マラソンの42.195㎞をほぼ4時間で走る速さになり、若干速めの市民ランナーに相当します。
実験で観測された飛沫は1分間に1-2回程度でした。飛沫の種類は、唾液(運動時や咳をした時や会話時に出る)、痰、鼻汁(くしゃみをした時に出る)、汗でした。汗にウイルスが含まれることは稀という報告があり、痰も下に落ちるので、唾液と鼻汁に限定した予防が重要です。図1からも分かるように、運動時に咳やくしゃみをしても、会話しても、飛沫はほぼ垂直に下に落ちます。無風時でも同じです。運動中のくしゃみ時に、飛沫が体の後方に飛んでいるものもありますが(図1右)、せいぜい2m程度で、ソーシャルディスタンスを超えるものは観察されませんでした。
図1 脈拍が1分間に150-180回になるようなバイク運動をする被験者に風速3mの向かい風を当てて、ランニングの状況を再現した時の飛沫。(画像を重ねて軌跡が見えるように加工)左は 唾液(咳)、中央は唾液(会話時)、右は鼻汁(くしゃみ)。被験者は20歳代、30歳代、40歳代、50歳代の男女計5名です。運動時間は20~25分に設定した。口や鼻などから分泌した飛沫をLEDで可視化し、粒子イメージ計測計(PIV)でモニタリングして、飛沫の種類と方向を確かめ、評価を行った。さらに、ランニングの休憩中を想定して、無風での実験も行った。
マスク装着は感染経路を広げる可能性が高い
実験②は空気(エアロゾル)感染についての実験です。運動時の呼吸に相当する量と頻度で生理食塩水の水滴を粒子発生装置で発生させ、レーザーで可視化しました。
水滴の大きさは0.1μm(1μmは1/1000mm)と新型コロナウイルスと同じですが、レーザーの分解能が1μmなので、図2の写真では10個程度の塊以上のものが映っています。風速3mでは、マスクを着用しても、フェイスシールドを装着しても、後方に飛散します。ただ、ランニング時の呼気に含まれるウイルスが空気中に長期間滞留するためにエアロゾル感染が生じるとは、私は考えにくいと思っています。気道だけでなく呼気にまでウイルスが含まれるほどの感染者がランニングする状況を想定しがたいし、新型コロナウイルスのエアロゾル感染の有無自体が議論されており、決着がついていません。
図2 ランニング時の1回の呼吸の量(換気量)を1300ml、1分間の呼吸回数を40回として、粒子発生器で90μmの生理食塩水の水滴を発生させた。左はマスク着用、右:はフェイスシールド装着
今回のマスクなどの着用実験で明らかになった懸念は、別の側面です。マスクの場合、図2のように呼気はマスク周辺から走者の顔面付近を通って後方に流れます。汗をかいているので、呼気に新型コロナウイルスが含まれるなら、顔面に付着することが考えられます。フェイスシールドでは、呼気が顔面に沿って上方に流れ、上の間隙から後方に流れるので、顔面や周囲にウイルスが付着する可能性がより高くなります。つまり、マスクやフェイスシールドや顔面周辺に、新型コロナウイルスが濃縮されることになるのです。それらに触れた手で何かをつかんだり、触ったりすることは大いに考えられます。エアロゾル感染の有無は議論中ですが、接触感染は明らかです。ランニング時にマスクはしないほうがいいと言えます。
意外な実験結果が出ましたが、この結果は日常生活にも繋がります。マスクの着用だけでなく、その適切な取り扱いも重要であることを、皆さんにしっかり知っていただきたいと思います。