大村 美保Omura Miho

コロナ下における障害のある人への
虐待や支援の実態調査
平時の備えや積極的な働きかけが重要

社会の中で弱者とされる人々は、新型コロナウイルス感染症の影響をより深刻に受けると指摘されています。移動制限などで支援サービスの提供が滞れば、生命や日常生活の維持が困難になりかねない障害のある人の実態について、虐待の発生や社会での孤立に焦点を当てて調査をしました。結果は、通説とは異なり、障害児に対する虐待はコロナ下でも増えていませんでした。一方、在宅で独り暮らしの障害者には、十分な見守りが実施されていない可能性が浮かび上がりました。よりよい体制を構築してもらうために、今後は行政に情報を提供していく予定です。

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全国の児童相談所など
932カ所を対象に調査

障害のある人はない人よりも虐待を受けたり社会的に孤立したりするリスクの高いことが、先行研究でわかっています。私はこれまで福祉現場やアカデミアの立場から、障害のある人が必要とする支援を漏れなく提供できる体制のあり方を考え、提言してきました。その経験を生かし、パンデミックにおける障害のある人の実態を調べ、施策の改善に向けた提言をしたいと考えました。

2020年8月下旬~9月末にかけて、全国の児童相談所(児相)215カ所と要保護児童対策地域協議会280カ所、特別支援学校157校、人口10万人以上の自治体の障害保健福祉担当部局280カ所に、障害者に対する虐待などについて尋ねる調査票を送付しました。それぞれ47カ所(回答率約22%)、85カ所(同30%)、55校(同35%)、103カ所(同37%)から回答を頂きました。

障害児の虐待に関する児相などへの相談件数は、コロナ下の2020年6月も前年並みで増えていませんでした。これは、通説を覆すような学術的にも意義深い結果でした。逆に、障害のない子どもに関する虐待相談件数は前年比で約1.1倍に増加していました(図1)。

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図1 障害児に対する虐待についての児相などへの相談件数。2019年と20年の6月1カ月間の件数の比較。障害児は件数に変化がなかったのに対し、障害のない子の件数は増えた。

2020年3月下旬から大部分の学校が休校になりました。しかし、障害児が利用できる放課後等デイサービスは、厚生労働省の事務連絡により、原則として続いていました。しかも休校中は、日中ずっと利用できるようにすることが望ましいとされていたので、障害児が家庭外の居場所を失い、家庭内で親子が長時間にわたり顔を合わせて煮詰まるといった事態を回避できたのではないかと、調査票の記述から推察できました。

成人の障害者に対する養護者による虐待の相談件数を2月~6月の5カ月間について19年と20年を比較したところ、20年3月は前年比約1.5倍に増えていました。4月以降は前年とほぼ同じか微減でした(図2)。

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図2 成人の障害者に対する養護者による虐待の相談件数。19年と20年の2月~6月の比較。3月は件数が約1.5倍に増えた。

コロナ下で事業所などの福祉サービス提供体制に影響があったと回答したところは約52%でした(図3)。必要なサービスが確保できなかったところは44%、確保できたところは48%でした(図4)。

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図3 人員・設備・運営上の理由による事業所のサービス提供体制への影響

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図4 障害者に必要なサービス量が確保できなかった経験の有無

独り暮らしの見守りをしている
自治体は半数未満

厚労省は自治体に対して、コロナ下で独り暮らしをしている障害のある人等を訪問や電話などで見守るよう事務連絡を出しています。しかし、今回の調査で回答のあった103自治体のうち何らかの見守りをしていたのは延べ41カ所だけでした。障害者は全国に約900万人いますが、福祉サービスを受けているのは120万人程度です。サービスを受けていない人は、パンデミックによって困りごとが生じても、どこにSOSを出せばいいのかわからない恐れがあります。
調査の回答で、地域における「グッドプラクティス」として紹介された事例の中には、事前の備えがコロナ下でセーフティネットになったという報告がありました。たとえば、普段から地域の実情に応じた創意工夫により障害者の生活を地域全体で支えるサービス提供体制である「地域生活支援拠点」を整備し、そこと連携して独り暮らしの障害者も含めて福祉サービスを受けていない人を見守る体制を作り、それが役立ったという報告です。自治体側から障害のある人に困りごとがないかを尋ねるなど、積極的な働きかけ(アウトリーチ)の効果も指摘されました。

今後、「グッドプラクティス」をわかりやすくまとめて自治体に配布し、これからの対策や備えに役立てて頂きたいと考えています。

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大村 美保(筑波大学 人間系)
Project Name / 障害者の孤立・虐待の実態把握と対策

(取材・執筆:大岩 ゆり サイテック・コミュニケーションズ / ポートレート撮影・ウェブデザイン:株式会社ゼロ・グラフィックス)

ー さらに詳しく知りたい方へ ー