菅原 大地Sugawara Daichi

コロナ禍における心の回復力の
国際比較
「RE-COVER PROJECT」
心の健康を維持するカギは何か

新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威をふるい、心の健康に悪影響が出ています。私たちは、心理学の手法を用いた国際アンケート調査でレジリエンスと心の健康の関係を明らかにし、心の健康の維持につながる有効な対策を講じるために「RE-COVER PROJECT」を立ち上げました。2020年10月末に行った調査から、心の健康を維持するために重要な要素は「コントロール感」と「セルフ・コンパッション」だと明らかになりました。

研究戦略イニシアティブ推進機構┃

コロナ禍で心の健康を維持するためには、
何が正解か

コロナ禍では多くの人が困難な状況に直面しています。ただ、同じ状況下でも心の健康(精神的健康)の度合いは人それぞれです。私は長年、人の幸福感やストレスについて心理学の側面から研究をしてきました。その知見を活かしてコロナ禍での精神的健康について調査し、世界中の人々が困難な状況下でもより楽に過度のストレスを感じずに生きるためには、どうすればよいかを学術的に明らかにしようとしています。コロナ禍での精神的健康とレジリエンス(精神的回復力・柔軟性)の関係を複数の国で比較する研究は、世界でも例がありません。

私たちは、日本、マレーシア、中国、アメリカでWeb調査を行いました。その人の属性や新型コロナウイルスへの恐怖(コロナ恐怖)の強さ、精神的健康、複数のレジリエンスに関連する要因について尋ねました。すると、マレーシアはコロナ恐怖の強さが最も強いという結果でした(図1)。当時、マレーシアは政治的な混乱に加え,東マレーシアで行われた選挙が原因で感染者が急増していました。文化的な差異だけでなく、感染拡大の状況や社会情勢もコロナ恐怖の強さに影響しているようです。

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図1 2020年10月末に1600人以上を対象に実施したアンケート調査結果。上図Aの縦軸にあるコロナウイルスへの恐怖の強さは、7~35点で測られる。

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また、レジリエンスとコロナ恐怖の関連を分析すると、「コントロール感(自分自身をコントロールできている感覚=sense of control)」と「自分への思いやり(セルフ・コンパッション=self-compassion)」の得点が高い人はコロナ恐怖が弱いと分かりました。加えて、自分への思いやりはコントロール感よりも、精神的健康の維持につながると分かりました(図2)。

意外にも、従来のレジリエンス研究で代表的に扱われてきた「自我の調整力(柔軟に自分の考え方を調整してストレスに対処する能力=ego-resiliency)」や「やりぬく力(困難な状況でも目標に向かって努力する興味の一貫性や粘り強さ=grit)」は、小さな関連しか見られませんでした。

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図2 4カ国のデータをパス解析という手法で解析し、その結果を要約したもの。

図3は重要な要因と分かった「セルフ・コンパッション」の説明図です。
調査結果から、コロナ禍では自分に優しく、他人の苦しい状況にも共感しつつ、自身の考え方をバランスよくコントロールすることが重要だと分かりました。

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図3 セルフ・コンパッションの3要素

研究のさらなる広がり

研究は新たな展開を繰り広げています。たとえば、人々の気持ちがどう変化したかを時間を追って調査するため、日本とブラジルのSNSを比較分析しています。さらに、西欧の研究者たちと新たな「コロナ恐怖尺度」を作成しています(図4)。

今後は、開発中の認知行動療法アプリケーションやZoom等を用いたデジタル・アウトリーチで人々のセルフ・コンパッションを高める介入を行い、苦しんでいる方々を助けたいと考えています。

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図4 世界各国の研究者との共同研究。赤い三角内が2020年10月末に行ったアンケート調査(RE-COVER PROJECT)。バングラデシュでも同様のアンケートを実施。今後、縦断調査を実施予定。

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菅原 大地(筑波大学 人間系)
Project Name / RE-COVER:各国のコロナ疲れと心理的レジリエンス

(取材・執筆:大石 かおり サイテック・コミュニケーションズ / ポートレート撮影・ウェブデザイン:株式会社ゼロ・グラフィックス)

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