「公衆衛生の保持」は
「営業の自由」に優先する
憲法には、個人の自由を保障する考え方と個人の自由を制限する考え方があります。コロナ禍ではどの規範が優先されるのかを明らかにするために、関連する憲法上の概念を「個人の自由を保障する概念」と「個人の自由を制限しうる概念」の2つのグループに分けてみました。
「個人の自由を保障する概念」には営業の自由と移動の自由があり、これらの権利は居住・移転及び職業選択の自由(22条)と財産権(29条)から導き出すことができます。「個人の自由を制限しうる概念」としては生命権(13条)、生存権と公衆衛生の保持(25条)、公共の福祉(13条)があげられます(図1)。
居住、移転及び職業選択の自由と財産権は「経済的自由権」として認められていますが、「公共の福祉」の制約を受けます。公共の福祉は、公衆衛生の保持(感染症対策)が含まれると理解されています。そのため、営業の自由は公共の福祉によって制約されえますし、政府が打ち出した営業や外出の自粛要請は憲法上容認されると解釈できます。
図1 憲法13条には「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とある。生命権は、これまで「幸福追求権」の一部として理解され、憲法学で独立した権利として議論されることは少なかった。今後予想される感染症や自然界からの脅威に対し、生命権をどう捉え、憲法の視点からどのような対応を求めるべきかの議論が必要になる。
生命権と国家の役割
さらに、国民の命を守る「生命権」という概念を憲法から読み取り、独立した権利として認識されるべきではないかと考えました。生命権が認められると、国は憲法により、国民の生命権保障のために「公衆衛生の保全」などで積極的な措置を求められるという解釈が成り立ちます。
国家が個人に対して果たすべき役割については、これまであまり議論されてきませんでした。戦後に制定された日本国憲法は、戦争の教訓から国家権力に歯止めをかけて、国民の自由を守ることを目的として生まれてきました。そのため国家に権力を委譲することについては憲法学者や国民の間に強い警戒心があります。ところが、突然やってきた未知のウイルスとの戦いは社会生活を脅かし生命の危機を認識させました。深刻化する環境問題を含め自然からの脅威は、私たちに国家の役割と憲法のあり方を問い直す必要性を突きつけています。
研究のさらなる広がり
日本ではこれまで、休業要請や外出自粛に応じない事業主や個人への罰則はありませんでしたが、「自粛警察」や「コロナ自警団」の出現は、社会的同調圧力によって国の要請に応じない対象に制裁を加える現象と捉えることができます。国が罰則を課す権限を持たずに対応したことは良かったのか、罰則の導入でこうした行為が抑止されるのかが今後の検討課題です。憲法は、新たな環境問題にどう対応し、私たちは国家に何を求めるのか、基盤となる論点を提供して今後のオープンな議論につなげていきたいと考えています。
オープンな議論の1つとして、各国の対応を比較するために国際シンポジウムを開催しました。(図3)
図2 今後の課題。 戦前戦後で国家観が大きく変わり、新たな憲法が制定されたように、2020年も社会にとって大きな転換点になる。学者だけでなく、国民一人ひとりが国家や憲法の役割を自分の問題として考え、議論できる社会が望ましいと感じている。
秋山 肇(筑波大学 人文社会系)
Project Name /
憲法はいかにCOVID-19に対応できるか?
(取材・執筆:井上 裕子 / 編集:サイテック・コミュニケーションズ / ポートレート撮影・ウェブデザイン:株式会社ゼロ・グラフィックス)