倉橋 節也Kurahashi Setsuya

人の動きを止めずに
新型コロナ感染症の拡大を抑制する
AIを使った
実現可能な予防策の検証

企業の行動や街の構造など、人と人との関係によって生じる様々な社会現象の裏には共通の原理原則が潜んでいることがあります。私たちの研究は、こうした原理原則を探し出して「モデル化」し、社会に現れる現象を理解し予測しようというものです。感染症も人と人との接触によって生じる現象です。そこで、AIを使って新型コロナウイルス感染症の広がりをシミュレーションし、どうしたら人の動きを止めることなしに、効果的な感染予防策を経済と両立する形で実行できるかを研究しています。

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飲食範囲の限定で感染者数が0.7倍に

コンピュータ上に自らの意思で行動する「エージェント」という1人の人間のようなモデルを作って様々な状況をシミュレーションする手法に「インディビジュアル・ベース・モデル(IBM)」があります。IBMに、繁華街や観光地など目的の地域の世帯状況や飲食店の種類などを入力し、さまざまな感染対策のシナリオごとにシミュレーションすると、人の流れや感染防止策の効果を検証できます。

居酒屋やナイトスポットが集まる繁華街のモデルでは、飲食の参加者を社内の同部署の4人以内に制限して店の営業時間を短縮すると、そうでない場合に比べて感染者を3割ほど減らせることがわかりました(図1)。たとえその中に感染者がいても、別の「コミュニティ」に感染が飛び火するリスクが小さいためです。また、札幌市や那覇市など、県外から感染者が流入する地方の観光地のモデルでは、感染率の高い首都圏などからの観光客の流入が中長期的に地元の感染を拡大させる様子が明らかになりました。

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図1 1万人が住む繁華街のモデルでは、クラスターの発生事例を参考に居酒屋、ナイトスポットが感染拡大に与える影響をIBMでシミュレーションし評価した。IBMは社会科学分野でエージェントベースモデル(ABM)と呼ばれるモデルと同等。

感染者流入数の管理が感染者減に

北海道は、2020年末に急速な感染拡大に見舞われ、札幌市の新規感染者数は11月半ばから12月半ばのピーク時には180人/日(移動平均)近くに上りました。

感染拡大の要因を推定するためにAI技術の一つである機械学習によって最適化したSEIRという数理モデルでシミュレーションをしました。

まず、7月中旬(政府のGoToキャンペーンの開始時期と重なる)に潜在的な感染陽性者が道内に流入するリスク(推定感染者の流入数)が跳ね上がっていたことがわかりました(図2左図青枠A)。
推定感染者の流入数は、携帯電話のビックデータを元に観光客の居住地域とその地域の感染率から推計した値です。

7月中旬の流入リスクが、もし、実際の半分だったら、数カ月後の感染者数のピークは120人/日程度と0.68倍に減少します(図2 左図B1)。人の移動を長い間止めることはできませんが、モデルは感染率の高い地域からの観光客の流入を地元の感染率を見ながら一時的に制限・停止するなどによって管理すると、感染者数を下げる余地があることを示しています。

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図2 札幌市を対象に流入リスクや感染率が感染者数にどのように影響するかをシミュレーションし、感染者数の多い地域からの流入数を中長期的に管理すると感染者数を減らす効果があることを示している。赤点線は札幌市の実際の新規感染者数。赤実線はシミュレーションした新規感染者推定値。左図は、流入リスク(推定感染者の流入数)を50%に抑えられていた場合(B1)、新規感染者数はオレンジの実線になっていたというシミュレーション結果。右図は、実効再生産数(一人の感染者が他者に感染させる人数、接触頻度などに関係)が1.2や0.8になっていた場合、新規感染者数は濃青線(1.2)や青線(0.8)になっていたというシミュレーション結果。実効再生産数(黄点線)の変化は、約2週間後の感染者数の増減に影響するが(D)、実効再生産数が上下しても市中の感染者数が少ないと新規感染者数は見かけ上あまり変化しない(C1以前)。しかし、市中の感染者が増加し、実効再生産数が一定期間高い状態が続くと(C2)、感染者の爆発的増加につながる(C3)。

那覇市のモデルでも、地元の住民と観光客との接触制限、飲食街の時短、濃厚接触者の追跡強化などの対策により、感染者数が減少することがわかりました(図3)。

今後は、各観光地の最新の感染状況や観光客が取るべき行動などの情報をウェブで提供することを検討しています。

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図3 那覇市を対象にした4000人のモデルにより流入リスクのデータを用いて感染者拡大リスクを評価。感染者流入リスクが2人/日になると1人/日に比べて入院者増加リスクは1.3倍になる。観光客と地元施設従業員の接触を25%に抑え(S5〜12)、飲食街が時短・自粛すると入院リスクは減少する。従業員の75%にPCR検査を実施、濃厚接触者追跡を強化し、陽性確認者を隔離すると軽度入院リスクは増加するが、重度入院リスクは低下する。IBMによるシミュレーション結果。

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倉橋 節也(筑波大学 ビジネスサイエンス系)
Project Name / 地域経済と感染抑制を両立させる予防策

(取材・執筆:井上 裕子 / 編集:サイテック・コミュニケーションズ / ポートレート撮影・ウェブデザイン:株式会社ゼロ・グラフィックス)

ー さらに詳しく知りたい方へ ー